代表 坂詰晋作

坂詰養鯉場は、越後二十村郷で養鯉場ができ始めた1964年に先代・作太郎が設立しました。先代は、弥五左衛門(やごぜん)紅白の流れを汲む、たまげるほど真っ赤な緋を持つ「さくべえ紅白」というブランドを確立し、紅白を主体に生産していました。その頃は、錦鯉が本当に地域に密着していたこともあり、小学生、中学生になる頃には学校から帰ってくるとえさをやりに山の溜池に行くなどよく手伝いました。その後、1972年社会人経験を経た25歳の時に本格的に鯉の生産に関わるようになりました。私は先代から教わった「鯉の様子を見ながら手入れをしてやる」ということが今の私の錦鯉についての考え方の基盤にあります。先代に教わった、日の出と共に養鯉池まで足を運び鯉の様子を見ることは今も継続しています。やはり、錦鯉は自然と一体となって生産するものだと考えていますので、自然と共に歩みながら仕事をしないといけないと思っています。

私は、自分の感性に基づいた錦鯉を作ることが錦鯉生産の面白さだと思っています。だからこそ、自分の直感を頼りに自分の感性に基づいて作出した錦鯉が、愛好家に支持されることはとてもうれしいです。
私の目標は、藍衣で品評会を優勝するとか国魚賞を獲るとかではなく、お客さんに喜んでもらえる鯉を作ることです。世界中の人達から「坂詰さんの鯉は美しい」とか「坂詰さんの藍衣がよくなった」とか「坂詰さんの鯉で品評会の賞を取った」とか言われると、励みになるからです。やはり自分の感性で作った鯉が愛好家に喜んでいただけることは生産者冥利に尽きます。海外の愛好家の皆様は、もう既に錦鯉のことを良く知っていますので私からアドバイスすることはないと思います。ただ、藍衣の生産者として言えることは、鯉の知識もそうですがとにかく藍衣を育ててみてくださいということです。藍衣は自分の池にたくさん飼う品種ではありませんが、池に一匹いるだけで池が映える鯉です。是非一度飼ってその楽しみを味わってみてください。宜しくお願いします。

坂詰養鯉場一同